年末に喰らった A 型インフルエンザのダメージも回復したので、RK3328 の I2S1 の MCLK(マスタークロック)の設定がおかしくなる問題の追跡を再開しました。
思っていた以上に難しくて理解できず、かれこれ 1週間以上費やしてしまいましたが、やっと見えてきました。
ざっくり言えば Rockchip の SoC が持つクロック分周器の構成がかなり変わっていることが関係している、と言えるんじゃないでしょうか。良し悪しはさておいて、問題の原因になっています。
再現方法はとても簡単です。48kHz → 44kHz の順で再生すると正常に再生できますが、32kHz → 44kHz の順で再生するとエラーになって再生できません。これだけです。
早速、問題の原因を説明したいところですが、Rockchip のクロックがどのように繋がっているか説明しないと、全く何も意味が分からないと思いますので、軽く説明します。
RK3328 や Rockchip の 他の SoC は、1〜128分周まで可能な Integer Divider と、有理数で分周(例えば 7/500 など、分子、分母は 16ビット精度の整数で指定可能)が可能な Fractional Divider の 2つを持っています。
RK3328 の TRM(Technical Reference Manual)では、前者に i2s1_pll_div、後者に i2s1_frac_div という名前を付けており、Linux のクロックドライバでは前者に clk_i2s1_div、後者に clk_i2s1_frac という名前を付けています。
媒体 | Integer Divider | Fractional Divider |
---|---|---|
TRM(Technical Reference Manual) | i2s1_pll_div | i2s1_frac_div |
Linux Clock ドライバ | clk_i2s1_div | clk_i2s1_frac |
今後は Linux の名前で表記しますが、接頭辞の clk_ は省きます。
I2S 系のクロックは Integer Divider と Fractional Divider の両方を利用可能です。他のハードウェアブロックは Integer Divider しか使えませんが、UART と I2S と S/PDIF は両方使えるようです。
PLL と分周器と I2S1 の接続は下記のようになっています。
CPLL --> | selector |-----> i2s1_div --+--> | selector |--> I2S1 MCLK GPLL --> | | ,---------------' | | `--> i2s1_frac ----> | |
図からもわかる通り、必要に応じて i2s1_frac は使ったり、使わなかったりします。
例えば 48kHz, 32kHz で再生する場合は、GPLL -> i2s1_div -> I2S1 の経路が使われます。i2s1_frac は使いません。44kHz で再生する場合は、GPLL -> i2s1_div -> i2s1_frac -> I2S1 の経路が使われます。
サンプリング周波数 Fs と、正しく再生できているときの各分周器の出力周波数、分周比は下記のとおりです。
Fs | i2s1_div 出力 | i2s1_div 分周比 | i2s1_frac 出力 | i2s1_frac 分周比 |
---|---|---|---|---|
32kHz | 8.192MHz | 1/60 | 未使用 | 未使用 |
44.1kHz | 491.52MHz | 1/1 | 11.2896MHz | 147/6400 |
48kHz | 12.288MHz | 1/40 | 未使用 | 未使用 |
ちなみに i2s1_div の入力は GPLL が選択されることが多く、周波数は 491.52MHz で固定のようです。CPLL/GPLL の周波数は可変のはずですが、切り替わったところを見たことがありません。まあ、GPLL は今回の話に関係ないから、どうでも良いですけど……。
Linux のクロックドライバは、セレクタで選択可能なクロック系統(この場合だと i2s1_div と i2s1_frac)全てに対して、同じ目標周波数で設定して、目標に一番近い周波数を出力できるクロック系統を選択する仕組みになっています。
例えば先ほど 44.1kHz の再生のときは i2s1_frac が選ばれると言いましたが、実はこのときクロックドライバの裏側では、
この 2つの選択肢(※)が提示されており、i2s1_frac の方が目標値に近い(誤差 0)ため、i2s1_frac が選択されています。
(※)正確に言うと 12MHz clkin もあるので 3つの選択肢から選びますが、ここでは説明を省いています。12MHz clkin が選ばれることはほぼありません。
先ほど示した表のとおり、32kHz の再生後は i2s1_div の出力が 8.192MHz になります。この状態で 44.1kHz を再生しようとすると、クロックドライバは i2s1_frac の出力を 11.2896MHz にしようと試みます、しかし…。
今のクロックドライバは i2s1_frac の親にあたるクロック、つまり i2s1_div の周波数が目標の出力周波数 11.2896MHz より低いと、設定を諦めてしまう実装になっています。
コードで言うとこの部分です。
//drivers/clk/clk-fractional-divider.c
static long clk_fd_round_rate(struct clk_hw *hw, unsigned long rate,
unsigned long *parent_rate)
{
struct clk_fractional_divider *fd = to_clk_fd(hw);
unsigned long m, n;
u64 ret;
if (!rate || rate >= *parent_rate) //★★この部分★★
return *parent_rate;
if (fd->approximation)
fd->approximation(hw, rate, parent_rate, &m, &n);
else
clk_fd_general_approximation(hw, rate, parent_rate, &m, &n);
//...
32kHz → 44.1kHz の再生時は rate = 11.2896MHz, *parent_rate = 8.192MHz となり、★の部分の if 文が発動します。これは「i2s1_frac は 8.192MHz しか設定できません」という結果を返すことと等しいです。
この結果を受けたクロックドライバの選択肢は下記のようになります。
いずれも目標の 11.2896MHz と合いませんが、目標に近いのは i2s1_div と言えます。このためクロックドライバは i2s1_div が最適と判断し、I2S1 のマスタークロックが 11.214954MHz というおかしな値に設定されてしまいます。
このマスタークロック周波数は、サンプリング周波数 44.1kHz の整数倍ではないため、サウンドドライバがエラーと判断して PCM 再生を止めてしまいます。
48kHz → 44.1kHz の再生時は rate = 11.2896MHz, *parent_rate = 12.288MHz となるため、★の if 文を突破して fd->approximation の呼び出しに到達します。Rockchip の Fractional divider の場合、この関数ポインタは rockchip_fractional_approximation() 関数を指しています。
この関数は変わった処理で、ある条件を満たすと、親のクロックを使うのを諦めて、親の親のクロックを使う処理になっています。
static void rockchip_fractional_approximation(struct clk_hw *hw,
unsigned long rate, unsigned long *parent_rate,
unsigned long *m, unsigned long *n)
{
struct clk_fractional_divider *fd = to_clk_fd(hw);
unsigned long p_rate, p_parent_rate;
struct clk_hw *p_parent;
unsigned long scale;
p_rate = clk_hw_get_rate(clk_hw_get_parent(hw));
if ((rate * 20 > p_rate) && (p_rate % rate != 0)) { //★★目標値が親クロックの 20倍より大きく、割り切れないとき★★
p_parent = clk_hw_get_parent(clk_hw_get_parent(hw)); //★★親の親(CPLL か GPLL)を使う★★
p_parent_rate = clk_hw_get_rate(p_parent);
*parent_rate = p_parent_rate;
}
通常ならば、存在するかどうかわからない「親の親のクロック」の存在を仮定しており、Rockchip のクロックトポロジー(PLL -> i2s1_div -> i2s1_frac)と、ハードウェア制約に強く依存した特殊な処理になっていることが伺えます。
しかし、この特殊処理のおかげで i2s1_div の周波数が i2s1_frac にとって扱いづらい変な値に設定されていたとしても、親の親(CPLL か GPLL)の周波数に戻すことができます。
48kHz → 44.1kHz の再生時に i2s1_frac だけでなく、i2s1_div の周波数まで変わってしまっているのは、なんだか不思議だなあと思った方も居るかもしれません。その理由は、この関数が親クロックの周波数目標値を書き換えてしまうから、だったんです。
ここまで読んでいただいている方はほぼゼロだと思いますが……、分周器 i2s1_div と i2s1_frac の設定が可能かどうか?どちらを選ぶべきか?を判定する部分は、こんな感じの呼び出し経路になっています。
rockchip_i2s_set_sysclk
clk_set_rate
clk_core_set_rate_nolock
clk_core_req_round_rate_nolock
clk_core_get_boundaries
clk_core_round_rate_nolock // I2S1 クロックの設定
clk_core_determine_round_nolock
clk_mux_determine_rate
clk_mux_determine_rate_flags // I2S1 手前のセレクタの設定
__clk_determine_rate
clk_core_round_rate_nolock // i2s1_div の設定
clk_core_determine_round_nolock
clk_composite_determine_rate // i2s1_div のセレクタの設定
clk_divider_round_rate // Integer divider の設定
__clk_determine_rate
clk_core_round_rate_nolock // i2s1_frac の設定
clk_core_determine_round_nolock
clk_composite_round_rate // i2s1_frac のセレクタの設定
clk_fd_round_rate // Fractional divider の設定
rockchip_fractional_approximation // Rockchip の Fractional divider 固有の設定
何度も同じ関数名が出てきて奇妙に見えると思いますが、目標となるクロック周波数の設定を 1ブロックだけで解決できないとき、親クロックに対して再帰呼び出しを行い、親の設定を変更しようとする仕組みになっています。
良くできている素晴らしい仕組みだとは思うのですが…、関数ポインタを使って高度に抽象化されているため、コードを見てもどの関数が呼ばれるのか、もう全く全然わかりません。動作もかなり追いづらいし、デバッグが辛いです……。
Yocto を使ったプロジェクトをビルドする際に、Git プロトコルを使わないとアクセスできないリポジトリがあります。
Git プロトコル(git:// から始まる URL のリポジトリ)は無害なんですけど、大抵の社内プロキシを越えられなくて苦労するので、越え方をメモしておきます。
まず Git のプロキシ設定を行います。この例では git-proxy というコマンドを使ってくれと指示しています。
git config --global --add core.gitProxy git-proxy
そんなコマンドはないので、自分で作ります。パスの通った場所、例えば ~/bin/git-proxy のようなファイルを作成して、下記のシェルスクリプトを書いておきます。
#!/bin/sh
exec socat STDIO PROXY:192.168.x.x:$1:$2,proxyport=8080
もちろん別途 socat コマンドのインストールが必要です。Debian なら apt-get install socat でインストールできます。
最初は netcat でやってみたんですがダメでした。何でだろ?
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